武蔵野競技場線跡探訪記

武蔵野競技場線は、三鷹駅と武蔵野競技場前駅間を結んだ約3㎞余の路線で、全線単線、途中駅はありませんでした。

1951年に完成した「東京グリーンパークスタジアム」で開催される野球の試合の観客輸送が目的で開通しましたが、野球場が僅か1シーズンで使用されなくなってしまったため、この武蔵野競技場線も間もなく廃止されました。詳細はWikipediaの武蔵野グリーンパーク野球場や、武蔵野陸上競技場の項目などを参照してください。

上の地図の赤い線が武蔵野競技場線跡、緑の線は境浄水場専用線跡と推定されるルートです。マピオンキョリ測機能を利用して、僕が作成しました。

現在、球場跡は武蔵野陸上競技場や武蔵野中央公園、団地などに、鉄道跡はグリーンパーク遊歩道として整備されていることから、今回はこの遊歩道を自転車で探訪してみることにしました。また、昭和40年代に廃止されたとされる境浄水場専用線跡の遊歩道も近くにあるので、併せて行くことにしました。

 

三鷹駅北口から西へ数百メートルほど進むと、保線用車両が留置されている場所があります。恐らくここが武蔵野競技場線の分岐地点であったのでしょう。下の写真は三鷹電車区上の跨線歩道橋から撮影したもので、こちらの201系は現H4編成です。201系が来たらいいなぁと思っていたら、いきなり来てくれたので非常に幸運でした。

 

保安車留置線の向こうには本村公園があり、その先は遊歩道が大きく北へカーブしています。いかにも鉄道路線らしい構造をしています。

 

しばらく北東へ進むと玉川上水にぶつかります。当時の橋は撤去されてしまったものの、土台やむき出しになった鉄筋はそのまま残っていました。更に先を行くため少し西へ行ったところにある橋を渡ります。ちなみに東へも行きましたが、橋はだいぶ先にあるので西へ行った方が便利です。

 

 

対岸の遊歩道には鉄道用地境界杭(工マーク)が現存していました。しかしすぐ隣で道路工事をやっていたので、もしかしたらいずれ撤去されてしまうのかもしれません。

その後五日市街道を渡り、片側2車線の道路と並走、やがてその道路は左に別れます。こちらは直進し、公園に出るところから大きく曲がって東に向きを変えます。曲線が終わる頃大きな道路に出て、遊歩道は終わります。武蔵野競技場前駅はその道路を渡った辺りに存在していたと思われます。先述した通り、現在ここには武蔵野中央公園や団地、武蔵野陸上競技場があり、多くの人で賑わっていました。

 

玉川上水までは来た道を戻り、今度は境浄水場から武蔵境駅までの遊歩道をゆきます。遊歩道(公園)の名前は幾つかに分かれていますが、全て連続しています。ここは昨年12月中旬にも一度探訪していたのですが、そのときは平日の午後であっただけに、小さな子ども連れの母親たちで大変賑わっていました。写真もその時のものです。遊歩道だけに、道はくねくねしていますが、よく見ると敷地はまっすぐになっています。これも専用線の面影です。

 

遊歩道は中央線との合流点の少し手前で終わり、合流点はこちらもJRの保線設備置き場となっています。上り線の立体交差化も完了したら、一体ここはどうなってしまうのでしょうか。

 

最後に、今回僕が感じたことは、遊歩道が沢山の人で溢れ、大変有効活用されているということでした。しかしながら、もし現在もここに球場が存在していたらということを考えると、廃止が非常に勿体なかった気がします。1951年頃の写真を拝見すると、当時はこの辺りもまだだいぶ田園風景が残っていましたが、宅地化した現在ならば、廃止の一つになった「都心から遠い」という理由はなかったことでしょう。例えば西武ドームならここよりも都心から遠いわけですし。

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